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東京地方裁判所 平成4年(ワ)7044号 判決

原告

鈴木俊男

右訴訟代理人弁護士

野々山哲郎

被告

富士火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

葛原寛

右訴訟代理人弁護士

江口保夫

江口美葆子

豊吉彬

牧元大介

右江口保夫訴訟復代理人弁護士

高野栄子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金五三万八〇六四円及びこれに対する平成四年一月九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、保険会社との間で自動車保険契約を締結した者が、右契約締結後、被保険自動車のいわゆる車両入替を行い、新たに取得した自動車で起こした事故による物損の損害賠償を行ったことから、当該保険会社に対し右賠償額相当の保険金を請求している事件である。

一争いのない事実及び証拠上明らかな事実

1  保険契約の締結(争いがない)

原告は、平成三年一月三一日、被告との間で、次の内容を含む自家用自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(一) 保険期間 平成三年一月三一日から一年間(平成四年一月三一日午後四時まで)

(二) 被保険自動車 登録番号多摩三三ぬ五六五九の自家用普通乗用車(以下「本件旧自動車」という。)

(三) 担保の内容 対物賠償の保険金額五〇〇万円

2  自家用自動車保険普通保険約款(以下「普通保険約款」という。)

本件保険契約の内容となっている普通保険約款第六章一般条項第六条には、被保険自動車が廃車、譲渡又は返還された後、その代替として被保険自動車の所有者が被保険自動車と同一の用途及び車種の自動車を新たに取得した場合(被保険自動車の入替)について、保険契約者が書面をもって被保険自動車の入替を行った旨を被告に通知し、保険証券に被保険自動車変更の承認の裏書を請求した場合において、被告がこれを承認したときは、新たに保険証券に裏書された自動車について、この保険契約を適用し(第一項)、被告は、自動車の入替のあった後(第一項の承認裏書請求書を受領した後を除く。)に、前項にいう新たに取得し又は借入れた自動車について生じた事故については、保険金を支払わない(第二項)旨の規定(以下「本件入替条項」という。)があり、更に、同約款特約条項⑥被保険自動車の入替における自動担保特約第二条には、被告は、この特約により、普通保険約款一般条項第六条第二項の規定にかかわらず、同条第一項にいう自動車の入替において、入替自動車の自動車検査証に被保険自動車の所有者の氏名が記載された日(以下「記載日」という。)から三〇日以内に、保険契約者が書面により保険証券に被保険自動車の変更の承認の裏書を請求し当会社がこれを受領した場合にかぎり、記載日以後承認するまでの間は、入替自動車を被保険自動車とみなして、普通保険約款を適用する旨の規定(以下「本件三〇日条項」という。)がある(〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨)。

3  車両入替

原告は、平成三年九月六日、本件旧自動車から登録番号多摩三四ろ一一九四の自家用普通乗用車(以下「本件新自動車」という。)に車両の入替をし(争いがない)、同日、本件新自動車の自動車検査証に鈴木靖男名義の所有者登録がなされた(〈書証番号略〉)。

4  交通事故の発生及び損害賠償金の支払

原告は、平成三年一〇月一三日、神奈川県横浜市旭区南本宿町五先路上において、本件新自動車の運転を誤ってスリップ事故(以下「本件事故」という。)を起こし、その結果、ガードレール防護柵を損傷させ、国に対し金五三万八〇六四円の損害を生じさせたが(争いがない)、平成四年一月八日、原告の父であり、本件新自動車の所有名義人である前記鈴木靖男名義(原告は本件事故当時一九歳であった。)で国に対し右損害賠償金が支払われた(〈書証番号略〉)。

二争点

原告は、車両入替があった場合にも保険契約は入替後の本件新自動車を被保険車として当然に継続されるものと解すべきであって、本件三〇日条項により三〇日以内と限定している部分は保険契約者に苛酷なものであり無効であるし、また、被告は本件保険契約の対価として保険料を収受しながら、車両入替に関し、保険契約者に対して何ら指示連絡をしていないのであるから、本件入替条項及び本件三〇日条項を根拠として免責を主張するのは権利の濫用である旨主張する。右主張の当否が本件の争点である。

第三争点に対する判断

一保険契約において被保険車を特定して損害賠償責任保険契約が締結されたときは、保険者が契約上の責任を負うのは、契約にかかる被保険車の事故についてであり、契約者が他の車両によって起こした事故についてまでは保険者は原則として(他車運転危険担保特約などを除く)責任を負わないことは当然であるから、自動車のいわゆる入替があった場合にも、特約がない限り、新自動車による事故の損害賠償金について保険者が責任を負うべきものではない。したがって、前判示のとおり、本件において契約締結の際被保険車とされたのは本件旧自動車であり、本件事故を起こした本件新自動車ではないから、本件新自動車による事故の損害賠償について被告は原則として責任を負うものでないことは明白である。

ただ、本件保険契約の内容となっている普通保険約款によれば、一般条項第六条(本件入替条項)において、自動車の入替があった場合、保険者が入替の承認裏書請求書を受領するまでは、保険者が入替自動車について生じた事故については免責されるものとし、例外的に、特約条項⑥第二条(本件三〇日条項)によって、入替自動車の自動車検査証に被保険自動車の所有者の氏名が記載された日(記載日)から三〇日以内に保険契約者が車両入替の承認の裏書請求をして保険者が受領した場合には、右記載日に遡及して被保険自動車について契約されていた内容と同一条件で、入替自動車についても保険契約が適用されることとされている。

ところが、本件においては、本件事故発生前に原告から被告に対し入替の承認裏書請求がなされ被告が右承認裏書請求書を受領したという事実を認めるに足りる証拠は存しないところ、前判示のとおり、本件新自動車の自動車検査証に鈴木靖男名義の所有者登録がなされたのは平成三年九月六日であり、本件事故発生日はその三七日後の同年一〇月一三日であるから、本件三〇日条項によって保険契約を遡及して本件新自動車に適用させることも不可能である(なお、本件事故後に入替の承認裏書請求がなされているのかどうかは明らかでない。)。したがって、被告が本件新自動車によって発生した本件事故について、保険者としての責任を負うということはできないものといわなければならない。

二原告は、① 本件三〇日条項が三〇日以内と限定している部分は保険契約者に苛酷なものであり無効であるし、② 被告は本件保険契約の対価として保険料を収受しながら、車両入替に関し、保険契約者に対して何ら指示連絡をしていないのであるから、本件入替条項及び本件三〇日条項を根拠として免責を主張するのは権利の濫用である旨主張する。しかしながら、前記認定の車両入替に関する承認裏書請求の手続過程からすれば、その期間を三〇日以内と限定することが保険契約者にとって苛酷であるとは解し難く、無効と解すべき理由もないから、右①の主張は失当である。また、平成三年二月六日ころに被告から原告に送付された(〈書証番号略〉)本件保険契約の約款には、本件入替条項及び本件三〇日条項が明示されていることはもとより、その冒頭において「おねがい」と題して注意書きをしており、その中で車の買替をする場合にはできるだけ早く被告会社社員又は代理店に連絡するよう要請し、もし通知がない場合は損害が生じても保険金を支払えない場合がある旨記載されていること(〈書証番号略〉)からすれば、右②の主張もその前提を欠き、失当であるといわなければならない。

三よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小川英明 裁判官小泉博嗣 裁判官江原健志)

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